大学の同級生の死

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    大学の同級生・・しかも同業者で他大学薬学部で大学教員をしている方が、亡くなったという知らせがありました。普通に勤務(とは、いっても、今の大学教員は、大学にいる時間は長いし、休日出勤も頻繁だったのかと)していて、突然のことだったようです。

     

    ご家族のことや、そのラボの学生の気持ちを思うと、心にずしりと感じます。

     

    私たちも色々なことがあって、もういやだな・・と、思うこともありますが、今日は、昨日までに亡くなった方が迎えることができなかった未来なので、感謝して生きていかねばなりません。

     

    ご冥福をお祈りしています。


    大学院生として生きるということ

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      私は、修士・博士の大学院生時代を大学病院の薬剤部の研究室で過ごしたことから、基本は夏休みはなかったです。7月でも8月でも暑い間に1週間くらい自分で融通して、休めばいいといわれた年もありましたが、動物実験やら論文書いたりで、休むきっかけがなく、たいていは休んでいなかったですね。今の学生が、休みは先生と戦い勝ち取るものだ・・などといっているのを聞くと、捕らえ方で、こんなにも違うのかと思うこともあります。まあ、私の要領が悪かったんだと思います。

       

       

      こんな話題の次に、大学院生として生きる・・・などと書くと、休むな・・と、いっているように思われますが、今の時代、そんなことを学生にもスタッフにもいったら、ハラスメントといわれますし、そんなこと私もまったく思っていないので、誤解のないようにと思いますが、大学院生卒の重さについて、書いてみます。

       

      と、いうのは、ここのところ、学位をもっていながら、研究できない、論文書けない、しかし、自らが、そのことを分かっていないというケースを他大学の教授からよく聞くからです。日本人的な考え方で、ボスは、ポスドク等の任期があるポストであっても、使い捨てでなく、次のことを考え業績を積ませたいと考え、重要なテーマを任せたり、また、助教や准教授などのパーマネント職であっても、プロモーションさせたいと思うのが普通の教授の心理です。上がやきもきしていても、家族と食事をすることが重要だからラボ滞在は短時間かつ能率が悪かったり、誰にも相談しないで実験していたり、何をしているのかが周囲には不明だったり・・・週末は家族との予定があるからと締め切りのある原稿も落とし、再投稿の期限が迫っていても家族行事が優先・・・まあ、家庭を大事にすることは、重要だし、家族あっての仕事なので、そこはそこで私も同意・賛成なのですが、いかんせん、家庭のことは、理由や言い訳にしやすいですからね・・・・。実際はどうであれ、このような言動になるのでしょう。で、私くらいの年代の教授たちは、本人がやらないなら仕方ないね、自業自得だから・・・と、する勇気がなく、代理で原稿を書き、論文を仕上げて・・・という方がほとんどです。一世代上の教授と比べて、私達の世代は臆病なのかもしれませんねえ。

       

       

      そんな教授たちが、最もため息をつくところが加えてあります。なのに、かれらは、ある時、自分は、ここで、飼い殺しですか、ここにいたら、自分の能力が発揮できない・・などとの言葉を吐く・・ようで、重ねていくようで、それを聞いてうつうつしている教授を私の知っている方でも複数います。

      大学院生時代に本気で研究することを知らなかった、また、研究の流れ一通りを経験しないできている若手が増えていることが原因なんでしょう。そして、自分に不足­している部分があることを認識しない・・そして、そんな若者ほど、教授や大学院生が夕方早く帰ったり、大学院生が土日に仕事をしないことを非難したりして、学生との関係がギクシャクして教授がフォローに入ることが多いようです。教授というのも思ってたより大変だよね・・と、最近、同世代の同業者と話すことがあります。

       

      一方で、もう一生助教でクビになりませんから論文なくても困りませんから・・一生准教授でいいんです・・という方がいることも頻繁に耳にします。そのボスのことを思うと、なんか、私までつらくなります。

       

       

      大学院生を今している方々は、このようにならないように、自分の足で歩いていく覚悟をつくるように大学院生生活を送らねばらりません。研究の組み立て、申請書の作成等、教員たちがしていることで、可能なことには頭をつっこんでみる。また、周囲に自覚が低い教員やポスドクがいても、染まらず、適当にいなしましょう。このような人と下手にかかわると、得られた成果は自分のものなどといいだしオーサーシップでももめますから、きちんと教授と緻密に話しながら研究・学会発表・共同研究先との交渉・論文作成とやっていきましょう。問題児が存在しない場合でも、ラボによっては、いわれたように手を動かしていると、論文がつくられてくるところもあるようで、これが普通と思っていると、博士卒業後にめちゃめちゃ苦労しているようです。プロとしての覚悟をもち、やらせてもらえることは、何でもやってみる。限界まで勉強する、実験する、そのために、少しくらい夜遅くなっても、土日でてきても、ゆくゆくはいきると思います(ただ、遅くまでいればいいということではないですし、メリハリは重要です)。そんなときに、遅くまでいても無駄・・とか、一人で休みの日にいて事故があったらどうするの? そんな実験やっても教授が喜ぶだけだよ?などど、いってくるスタッフがいても、自分が何を信じるかは、自分で決めていくことが大切です。せっかく、思いっきり実験できる期間です。大切にしましょう。

       

      私が助手をしていた大学では、博士の学位取得は2報の公表論文が必要でした。年2回は自分のオリジナルの内容で学会発表と論文作成をしようと思っていました。当時は自分ががんばっているからできていると思っていたけど、振り返ると周囲の方にも大変、恵まれていたんだけですけどね。

       

      研究を職としたくてもで、できない方はいっぱいいます。職として研究ができる私たちは、雑用等に追われていても、研究を続ける義務があると思います。大学院生も、卒後そう思ってすごしてほしいです。

       

       

      夏休みはこんなところに行きました。

       

       

       

       


      今回の学会で・・ポスドク問題再考

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        学会会場のある地下鉄の駅にあるオブジェです。

         

         

        今回の学会で、多くの知り合いと、立ち話をしました。多くの方が、研究が楽しくて・・やりたいことが湧き出てくる・・と、いってられて、うらやましく感じました。私も、研究が楽しいことは間違いないのですが、あれをやるには、あの機械がないし。。あれを買う余裕がないし、あのテクニックは、学部生にマスターさせるには大変だし、だからといってスタッフは家庭があるから、共同研究先への長期滞在は嫌がるだろうし・・・などと、ストレートにやりたいことを口にできないときがあります。教授になれば、やりたいことがやれると思ってたけど、100%ではないなあ・・と、思うこのごろです。でも、私の研究環境は、日本の中では、随分、恵まれているようです。

         

         

        少しだけ、元気そうでない人、落ち込んでいる人もいて・・・

        多くがポスドクの方でした。ポスドクで、がんばって業績をあげれば、パーマネントポジションがとれる・・と、思っています。でも、なかなか、そう単純でもないようです。女性でポスドクをしていて、その間に出産があって、更新されなかった例、ポスドクの最中にパーマネントの話があったのを、ポスドク雇用者へ義理立てをして断り、最終的にポストがなく困っている人、一番、よく聞いたのは、ポスドクの自分より、同じラボ内のパーマネント助教や准教授の怠惰を非難する声でした。他人を非難するのは良くないよ・・と、私は対応したのですが。

         

        私が30歳前後だった時に、医学部の臨床実習をアメリカでしている日本の医学部生と食事をする機会がありました。その時に、アメリカ人は、レジデントのころは早朝から深夜まで働くけど、テニュアのポストがとれたら、そんなにガツガツ仕事しないから、人生全体をそうやってバランスをとっているんだよね・・と、いっていたのを思いだし、日本もそうなったのかなあ・・と、感じました。

         

        研究者という仕事も、日本では、岐路になっていることを感じました。

         

         

         

         


        名古屋にて 出張中

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           班会議・・・年間の研究成果報告会・・・・で名古屋にきています。


          いつものことながら、きりぎりまで、スライド作って、報告書つくって・・・研究室の准教授や学生には、本当に助けていただきました。自分が准教授時代は、1人で全てやっていたけど、やはり、話し合いながら、ディスカッションしながらやっていくと、随分よいものになります。たのもしい限りです。



          名古屋には、大学院時代の5年、助教授になって2年半してからの5年間住みました。


          自転車で、パルコや松坂屋に行けて、便利で楽しかったです。
          コンサートとかも、全国3か所や5か所の時は名古屋も含まれるので、色々楽しめました。
          地下鉄でたいていのところに行けるもの良かったです。


          身近にいた名古屋出身の方は、『名古屋は広大な田舎だから』と、いっていましたが、確かに、車で30分走ると緑豊かな地域になります。

          驚きは、旧帝大である名古屋大学の学生が愛知県や東海地方出身生が多いこと、さらに彼らが地元に残りたいという意識をもっていること・・・みんなが、赤みそが好きで、味噌煮込みうどんと味噌かつを愛していること・・いえ、いいすぎです。ごめんなさい。私も味噌煮込みうどんと寿がき屋のラーメンと矢場とんのとんかつは好きです。



          味噌煮込みうどんは、名古屋で食べるようなものしか知らなかったけど、富山に行って、味噌煮込みうどんを注文したら、合わせみその豚汁の中にうどんが入っているものがでてきて、猛烈に驚きました。

          鉄板に薄焼き卵をひいて、その上にイタリアンスパや焼きそばを載せたもの・・あんかけスパ、
          喫茶店で午前中にコーヒーを注文すると、トーストやゆで卵が同じ値段でついてきて、さらに、ヤクルトやフルーツや茶わん蒸しがついてきたり・・名古屋の名物です。

          年に数回、名古屋にきてみて、・・少し、ほっとしている自分を感じます。

          嗚呼  涙メシ

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             富山に来てからは、東京出張で午前中に着きたい時は、飛行機です。
            富山⇔羽田は、ANAのみの運航ですが、帰りの飛行機の中で、『嗚呼、涙メシ』という番組が放映されます。

            現在、一線で活躍している方が、若い時、下積みや恋愛、今は亡き母親との思いでがリンクしている献立(料理)を紹介するものです。
            例えば、こんな内容です。クリック


            私の場合、しんみりしてしまう食べ物を組み合わせは、これです。




            コーラー&あられ です。




            助手になって2年目に アメリカ ボストン郊外のWood Hole の Marine Biological Laboratory で3カ月研修する機会を神経科学会からいただきました。



            今も、英語が流暢なわけでもないけど、はじめての長期海外滞在で、本当にチンプンカンプンで、さらに、外国人と一緒での長時間にわたる実習で、すっかりまいっている毎日でした。
            その時に、faculty の1人から、以前、自分のラボにいた日本人ポスドクから送られてきたと、あられの小袋を一袋くれました。もともとの大箱には、お中元と書かれた熨斗がかっていましたが、それを説明するだけの英語力と臨機応変さが、あのころは無かったです。


            日々、夜中の2時、3時までの実習、朝は8時半から・・・でありながら、ぐっすり眠ることができず、外に出て、月明かりの中、もらったあられを、自販機で買ったコーラーと一緒に食べました。懐かしい味に、ほっとしました。

            あのころは、何もかもに自信が持てず、研究を続けていっていいのかなあ・・って、迷いもあったのだろうと、思います。



            今までの人生で、もっと、ターニングポイントと連合して記憶になるべき食事もあっただろうし、ソウルフードもあるだろうけど、私にとっては、一番胸がキュンとなる食べ物の組み合わせがこれです。



            年齢を重ねるということ

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              患者さんから、人生のいろんな経験を積んでいると思われたいから、早く年をとりたかった。



              と、ある知り合いの医師の先生からお聞きしました。
              年齢を重ねることをネガティブに表現されることが多いと感じていたので、このお言葉をお聞きした時は、意表をつかれた気がしました。


              このことは個人的な差、考えが大きいので、1つの意見に集約されることはないと思いますが、


              私自身は、年齢を重ねて、落ち着いてきた気はします。



              ずっと、迷っていました。
              准教授のとき、助手のときは、このままアカデミアにいていいのか、アカデミアにいれるのか、アカデミアにいる能力があるのか


              大学院生のときは、研究を続けるのか、それ以外の職につくのか


              大学生のときは、もともと第1志望でない薬学部にきてしまったが、これでいいのか


              高校生のときは、自分が一番なりたいのは、弁護士なのだけど、文系科目は駄目だから



              大きく意識するかしていないかは別にしても、誰しも通る道かもしれません。
              それにプラスして女性特有で、結婚を意識したときも、迷いどころだったかなと。結婚、出産を機に仕事を辞める、変えるという選択は、まだ今のところ女性に迫られることが多いと思います。


              教授になって、今の年齢になって、しばらくは、じっくりと今の環境に取り組もうと思えるようになったのかもしれません。確かに、迷いはなくなり、何事も受け入れようと考えるようになったのかもしれません。



              いずれにしても、身体機能の衰えは、年齢にともない・・特に最近、度忘れがひどく・・・全く悪意はないのに、お会いしている方のお名前が出てこないときは、本当に冷や汗です。




              ハワイのホテルにて。なぜか、ペンギン園がホテルの中にありました。後期試験、後期学期前になって、いつものごとくへろへろになった時は、あのハワイでの、ゆっくりした時間を思いだします。


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              管理者のこと


              現在、国立大学薬学部で研究室を運営中。精神・神経薬理を専門としています。薬学部が6年制となり、新たなカリキュラムの実施を担当しています。薬学部で、教育と研究の両立は可能と信じて毎日を過ごしています。大学で繰り広げられていることを一般の方にお知らせしたり、神経・精神の研究や薬剤師に興味のある方に情報提供したいです。

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