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京王プラザホテルにて

 東京に新宿にきています。
明日、研究発表会があるホテルに泊まっています。
普段は、ネットが確実につながることが分かっている東横インに泊まることが多いけど、今日は老舗ホテルです。ビジネスホテルのスピーディーさはないけど、フロント全員が、すてきな英語を話していたり、部屋がゆったりしているのは、さすが・・と、思います。私は自販機でジュースやビールがコンビニと同じ値段で買える東横インも好きだし、こんな老舗ホテルも好きです。


昨日の続きて、博士課程修了後について、記述したいところですが、高学歴ワーキングプアの本が送りつけられてきた経験を持つ身としては、慎重に書きたいので、自宅から落ち着いて発信します。

夜8時に新宿着で、一人で夕飯を食べようとしたけど、お酒を飲むところは一人ではさみしいし、ビュッフェ形式のところも一人はしんどいし、で、ロイヤルホストにしました。写真はカレーですが、ナンでなかったのが残念。
インドカレー
2010.07.27 Tuesday 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | 

大学院卒業後は・・・

 大学院入学の相談を受けることがあります。
研究内容に興味をもって、コンタクトしてくる方が大部分ですが、お話ししていると、結局のとこは、卒業後のことになります。

薬学系・しかも私が専門にしている薬理系では、こんな感じでしょうか

修士卒業後
企業の研究や開発職に就職!
企業は製薬企業のことがほとんど、化粧品会社に行った人が1人かな。

病院薬剤部へ
公務員を受験して病院に就職した人や実家近くの日赤に行った人など。

私が今までに所属した研究室の卒業生では調剤薬局へ卒後直接就職した人はいないと思います。1人だけ、企業への就職活動が面倒と、活動せず、実家の近所の薬局に行った人がいるかな。

私がかかわった人の9割くらいは企業に行きました。
今後、薬学部が増えてきたらどうなるかわかりませんが、今までは、企業は新卒の時しか採用してもらえないが、病院はその後でも・・と、いう雰囲気があり、まずは、企業に行く人が多かったように思います。

私が今まで所属した研究室の教授は、今の就職状況考えると、複数企業で、筆記試験・面接と進めていてもいいけど、一番最初に内定をいただいたところに就職を決めなさいと、指導していました。製薬系の場合、最終面接の前に、教授の推薦書を要求することが多く、企業との信頼関係のために、そのように指導していたのかと思います。
それほど苦労なく、内定を得ていたように思います。

博士課程修了後については、また、


心のオアシスのリポDです。
心のオアシス

2010.07.26 Monday 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | 

薬剤師国家試験

 今日は慶応義塾大学薬学部にきています。
新しい国家試験を円滑に行うための協議会です。

少しだけ期待していたものの、やはり、国家試験はこんな問題が出ます・・・と、いう説明があるわけでなく、でした。

しかし、それでも、難しくなりそうです。

私立の薬科大学がいっぱい設立され、国公私立の6年制薬学部入学者数は1万2000人、そのうち、今5年生になっているのは9000人強です。
国立大学、公立大学で過ごしてきた私としては驚きです。その残った学生で国家試験をするのだから、合格率80%といっても、今までより難しいのかもしれません。

国家試験、共用試験と、今の薬学部の学生は大変だなあ・・と、思います。
願わくば、システムを頻繁に変更せず、良くても悪くても、しばらく同じ制度で運営してもらいたいです。


浜松町からみた東京タワーの写真です。
東京タワー
2010.07.24 Saturday 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | 

免許の書き換え

 免許更新の通知が届きました。

富山にきて、通勤も何もかもが車です。

思うと、よく免許をとっていたものです。
京都市内で高校まで過ごして、通常はバスで間に合いました。
何か緊急のことがある時は、通りからタクシーに乗ればよい、と、いう感覚でした。


大学は岐阜で、今の感覚だと車が必要でしょうが、今から20年前は、下宿している女子は、ほとんど車を持っていませんでした。自転車が生活圏を決めていました。しかし、タクシーは呼ぶもので、通りを流れているものでないことを知りました。いろんなところで暮らしてみるものです。

大学院で名古屋に行って、地下鉄が充実していて、それこそ、車は必要なかったです。栄にも自転車で行っていました。今思うと、東急ハンズに自転車で行けるって、すてきでした。

免許は、両親から”若いとき、時間の余裕がある学生のときにとっておくこと”をすすめられて、大学1年生のときに取得していましたが、10年間ペーパードライバーをしていました。

助手として岐阜にもどっても、学生のときの感覚で生活しているので、車が必要とも強く感じず、自転車生活をしていました。研究室の教授から、”結婚して、子供が出来たら、保育園の送り迎えなどに車がいるから、気持ちに余裕のある今の間に乗り始めたほうがいいよ” とのアドバイスをもらいました。車のことが分からないので、新車にしよう、と、諸経費すべて込で100万円で車を買い、車生活スタートです。
それまでの自転車生活から、買い物や生活圏がぐっと広がりました。そのころは、助手で学生とも先輩感覚で接していたので、病気や就職活動やと乗せて行って、大活躍でした。それと10kgくらい太りました。車だけが原因でないと思いますが。


対物だけど、何回か、事故もしました。

7年乗って、2台目に乗り換え、ました。その後、再度、名古屋に引っ越し、駐車場代も馬鹿にならず、車を手放すかどうか迷っていましたが、私がちょっとした病気になって自転車通勤が出来ない期間があり、部局に2台しか割り当てられていない大学の駐車スペースの使用を認めてもらいました。ちょっとした病気も回復して、他の人に駐車場の使用を譲ろうかと思っていたところ、後輩の職員が妊娠して満員電車に乗れないことがあり、その間、駐車場を使わせてあげることが、次々おこり、結局、名古屋の大学を離れるまで、駐車場をもっているために車を維持していました。パートナーとも一緒に住み始め、週末にちょっと郊外まで息抜きに行くのにも車が必要だな・・・と、感じていたのも、手放せない原因だったかもしれません。

あいかわらず、運転が下手で、あちこりぶつけていて、車検を迎え、いよいよ車を手放すか・・・と、思っていたとき、富山への異動が決まり、引っ越しと新しい生活と雪を思い、昨年、車を買い替えました。

今は片道7kmを車通勤しています。名古屋や岐阜と大きくちがうのは、車中心生活なので、”今日は、ちょっと飲んでいこう”と、いうことが出来ないのが、さみしい。

昨年の今日、教授選考の面接に富山に来て、帰りの電車で、もしうまくいったら、車を考えないとなあ・・と、ぼんやり考えていたことを思いだしました。

今まで免許の更新を同じところで2回連続したことはないけど、今回からはしばらく富山で更新しそうです。無事故無違反を続けなければなりません。
2010.07.23 Friday 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | 

試験

 夜遅い帰宅が続いていて、体がしんどい割には、仕事が進まないので、やること山積だけど、思いきって早く帰りました。

パートナーとファミレスに行きました。
行ってびっくり、周囲は、試験勉強の大学生ばかり。

48から6ひくと・・・電子の数は・・・、電流の抵抗は・・・・聞き覚えのあるような単語が耳にはいってきます。試験勉強というのに、楽しそう・・・ここに大学の先生がいることが分かったら、びっくりするかな・・・と、思いながら、抹茶ミルク氷をつついていました。

試験を目前にすると、何はともあれ合格することが最優先になる気持ちは理解できるし、高校までの試験と比べると深刻さは低いと思います。

大学での試験は知識をつめこんでもらうことが目的でなく、どんな時に、どこへ行って調べないといけないかの一部を経験してもらうことが目的だと私は、思っています。

大学出たら、社会に出ても、大学院に行っても、試験らしい試験はないです。国家試験は例外です。あっ、認定薬剤師の試験とかは受けますけど。

でもね、今日のファミレスみていると、あまりにも、試験を楽しそうにしている。

大学の先生も色々考えて、教えて、試験しているので、こちらの気持ちも汲んでほしいなあ。
2010.07.22 Thursday 23:42 | comments(0) | trackbacks(0) | 

脳の研究

 自分の研究分野の専門を書く時は、”神経化学” と書くことが多いです。もちろん研究室の名前の”薬物治療学”とすることもあります。あと薬剤師系の場面では、”医療薬学”と、します。精神疾患モデルの作成の内容で研究費助成申請をするときは、”神経精神薬理”とします。どのような時も、統一しているのは、”脳の研究”をしていることです。

私の研究テーマとしては、神経栄養因子の関係、例えば、神経栄養因子の産生を増加させるような低分子化合物を見つけること。いくつかの神経栄養因子の定量をすること。生体内の神経栄養因子の濃度を測定すること・・・。

ストレスと神経栄養因子の関係。うつ病と神経栄養因子の関係。

薬物依存(ニコチン、モルヒネ、メタンフェタミン・・・←これはヒロポンのことです)の研究。

最近の数年必死になっているのは、精神病疾患関連遺伝子のことです。これの名前はピッコロとシャチといいます。この2つの分子の遺伝子改変マウスを作製しています。これらの行動解析をして、富山大学での初仕事として投稿するつもりです。がんばろう・・

研究手法としては、行動薬理、マイクロダイアリシス、遺伝子操作、細胞培養・・・・と、かなり盛りだくさんです。

こんな感じで、日々、皆実験しています。




今日の写真も、大学院の先輩で現在他大学の教授をしている方から教授就任祝いとしていただいた陶器の人形です。写真にすると、リカちゃん人形みたいだけど、本物は、白衣を着て、試験管をふっている女性で、とっても清楚です。本当に素敵です

LLADROの陶器人形
2010.07.21 Wednesday 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | 

学位の意味・・追加

 さっき投稿した記事に追加です。

学位取得に論文O報必要・・・というのは、大学とか研究科ごとに内規が決まっている場合もあるし、多くの場合は、教授陣が暗黙の了解にしているところもあるように感じます(あくまでも、私の今まで在籍した大学とか、経験の範囲でね)。

しかし、学位は究極的には、授与する大学の先生が、”学位取得にふさわしい”と評価するかどうかなのです。だから、その教授が考えている基準に達しなければ、いくら一流誌に論文があっても、学位授与はしないのです。逆に、学位授与に値すると判断されれば、論文がなくとも、学位授与されるわけです。

私が半年だけ留学したカナダのマギル大学では、学位取得に論文がいくついるということが決まっていず、暗黙の了解のようなものもなかったようです。私が研究所中の人に”Ph.D取得に論文は何報いるの?”と、尋ねると、皆、”0でもよい”との答えでした。 研究室に在籍するタイミングによっては、いきなりIFが10近い論文が出ることもあるけど、それは実力ではない、と、いう評価のようでした。

薬学領域では、オーバードクターが頻繁には認められていないこと、博士課程修了後、企業に就職する場合は、修了1年以上前に内定が出ていて、新卒のほうが就職しやすいこともあり、博士課程3年とか4年の間に、何とか3−4報まとめさせるようなテーマで実験させて、論文も学生によっては、9割方教員が作成するパターンが多いように感じます。自分が教員になってみて、私にとっては、これからですが、オーバードクターさせる勇気、また、その間の生活の面倒をみる甲斐性はあるのかなあ・・と、感じています。

では、もう少し仕事してから本日は寝ますね。
2010.07.21 Wednesday 00:56 | comments(0) | trackbacks(0) | 

学位の意味

 学部生や高校生から、”博士”ついての質問があるので、薬学に限ったところで、私の個人的意見を書きますね。

大学4年を卒業した後、修士2年行って、その後博士課程3年に進み、それぞれの大学で規定されていることを行えば、”博士”の学位が授与されます。規定とは、薬学系の大学院でしたら、”英文論文2報” ”筆頭著者の英文論文が1報”というあたりがスタンダードではないかと思います。論文内容は、修士や学部の時から行っているものを含めてもかまいません。大学の研究室で大学院生が研究を行っているといっても、研究室や指導者の研究費や研究テーマ、研究室においてそれまでに蓄積された有形・無形の事柄を考えると、学生本人の努力もありますが、タイミングや運に左右される部分もあります。また論文も多くの場合は、そのレベルは問われることはないようです。

”博士”を取得するには、論文博士という手段もあります。大学院の博士課程に進学せず、社会人として企業や病院に勤務しながら、論文を書いて、投稿して、受理・公表されたものが一連の研究となれば、大学教員が紹介教員となって、学位授与します。この論文博士は日本だけのシステムで(らしい)、減少させる方向にむかっています。私の大学でも論文博士は5報の論文が必要ですので、研究を仕事として従事していない人には極めて高いハードルとなっています。
私の大学では、論文さえあって、病院や企業での修士終了後4年、または学部終了後6年あればよいのですが、大学によっては、その大学での研究生歴が必要だったり、研究を行った企業や病院が権威あるところ(定期的に論文発表をしているとか、構成員の学歴とか)もあります。


博士の中でも、医学博士、薬学博士、工学博士、理学博士・・・と、いろいろあります。1990年以降は、博士(薬学)、博士(医学)というように括弧づけになっています。

私は、医学研究科で博士課程を修了しましたので、博士(医学)です。しかし、これは医学部を卒業したわけでないので、もちろん、医師免許はもっていません。英語で表記すると、Ph.D., となります。一方、医学部を卒業後、博士(医学)を取得した人は、M.D., Ph.D., と表記します。

学部の受験では医学部が理系最難関学部になることが多いので、博士(医学)が偉いかといったら、そんなことは全くないです。


医学部・歯学部・獣医学部のような6年制の学部を持つところは、修士がなく、4年の博士を持ちます。薬学も今までは、修士2年(これを博士課程前期と呼ぶこともあります)と3年の博士だったのですが、6年制の卒業生がでてくると、4年制の博士課程を設置しなければなりません。これの設置にむけて、現在、各大学で議論中です。

4年制の大学院を卒業したら、病院薬剤部の幹部候補になれるかといえば、私の私見としては、Noです。大学院博士課程は、いろんな意味で、がんばること、考えること、色々な人で議論すること、共同で研究すること等、を学びます。こんなことを経験した薬剤師や薬学部卒業生は、魅力あると思います。そのような点を考えるとYesかもしれません。

私の研究室で大学院に行く学生に、研究室でしか経験できない、いろんなことができるよう、私もがんばっていきたいです。

しかし、いずれにしても、博士の学位は研究者としてのスタートラインに立つことを許されただけで(注意;立てるわけでない)、そこから先が重要です。学位取得後のことについては、また、機会をみて。

 今日の写真は、教授室の写真part2です。これは、大学院の先輩で、今は他大学の教授をしている方から、やはり教授就任祝いでいただきました。タイトルは”橋”です。

写真 その2

2010.07.20 Tuesday 23:32 | comments(0) | trackbacks(0) | 

well well のドーナッツ

 梅雨があけて、猛暑です。昨年まで住んでいた名古屋や、その前の岐阜・京都と比べて、富山は夜は涼しいと今のところ感じています。昨日から、研究室全部のエアコンが作動しなくなり、暑い・・。今も仕事を自宅でしています。

昨日のラボ・パーティーで持参したwell well のドーナツです。
well well ドーナツ






ラボ・パーティはこれくらい・・と私が個人認識していたものより、ハードで・・・色々考えるこのごろです。来週は、いろんなことが正念場かもしれません。


今日は連休最終日なので、これで終わり。





2010.07.19 Monday 10:22 | comments(0) | trackbacks(0) | 

大学院の試験

 連休ですが、明日がオープンキャンパスなので、飛び石となってしまいますので、研究室に来ています。

連休明けたら、大学院の願書出願期間です。

私が大学院修士課程を受験したのは、驚きですが、20年前です。
在学していた大学では、1研究室あたりの大学院生の数が決まっていて、当時3名でした。私の研究室からは4名の志望者がいました。内申書+当日の試験 (専門と英語とドイツ語)の結果、合格したものの私は4番目でした。定員が満ちていない他研究室なら進学可能となりました。しかし、他研究室で進学する気にはなれませんでした。

大学の教授としての今の立場からは、不謹慎ですが、本当に世の中終わり、と感じ、思いとどまりつつ、2日くらいは電気もつけず下宿に閉じこもっていました。そのころは、バブル期で、大学院の試験が終わる9月からでも企業への就職が可能だったので、大学院進学をやめて、就職しようと思いました。

研究室の教授にそのことをいいにいったら、”医療薬学コース”であれば、その研究室所属で大学院に行けることを教えていただきました。私は薬剤師になるつもりは全くなかったのですが、今ほど臨床実習のカリキュラムが整備されていなかったので、薬剤部で調剤の研修をしなくとも病院の診療科か薬剤部で研究すればOKとのことでした。(←まだ、薬剤師が病棟で仕事をすることも始まっていませんでした)まだ研究というものも分かっていない状況で、1人で学外の研究室に行くのは、心細い限りでしたが、助手の先生から、”行ってみて、いやなら、やめて、それから就職してもいいのじゃない”と、言われ、近隣県の大学病院薬剤部の研究室で修士課程を開始しました。学籍は、もとの大学ですので、ときどき、大学院講義に通いましたが、講義もタイトでなく、単位認定も寛容でしたので、それはそれほど大変でなかったです。出向先の薬剤部の部長兼教授も新任教授でしたので、最初の学生の私を大切に指導してくださり、研究成果もでて、博士課程に進むことにしました。そのおかげで、今があります。

私の経験を長々と書いたのはね、試験1つがうまくいかなくとも、研究室配属で第1希望がかなわなくとも、それからの進路がかえって良い方向に進むこともあることを、知ってもらいたい、と、思ったからです。 
私の研究室から修士を受ける人が試験に落ちるとは思わないけど、これからいろんなことで、つまづいても、強くやっていってほしいな。自分自身もね。


教授室に絵を飾るためのピクチャーレールを自費で設置しています。自分で絵を購入することはあまりないのですが、いただいた絵が何枚かあるので。この写真は、上で書いたところの、近隣県大学病院薬剤部の教授だった先生、つまり私の恩師から教授就任祝いでいただきました。

お祝いにいただいた絵
2010.07.17 Saturday 16:07 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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